安っぽいテレビショーで好まれそうなキャッチーなタイトルですが、3.11の津波被害の後処理にあたった方からのインタビューを元にした、かなり硬派な内容です。これを読んで今年4月に自分の目で見た風景と、震災当日の間のギャップが少し埋められた気がしました。火事場泥棒的に檀家を増やそうとするお寺、ボランティアに入ったものの大量の肉塊の前にリタイアしてしまった大学生、診療所を流された喪失感から検死作業の依頼を断った医師(但し、あとで手伝います)等々、生々しい人間模様が記されていますが、その場に居なかった私には、彼らを批判することはできません。

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ある街では、街を横切るバイパス通りを挟んで海側は津波で全滅、反対側の山側は停電こそあれど地震被害程度だったそうです。しかし街全体が停電しているので、全国であれだけ夜通し報道されていた津波の様子は、バイパス通りを挟んで山側の人には伝わっていませんでした。そこに海側から山側に避難してきた人が口々に「全滅だ」と言う…。全滅?全滅ってどういう意味?意味が分からない…。それが山側の人の実感でした。目を凝らしても海側は真っ暗な風景しか見えません。そういう間にも、屋根の上に乗って辛うじて生き延びたものの、家ごと引き潮に流されて、若い女性の「助けて…助けて…」の声が海の彼方へ消えていった事実もある訳です。

Amazonのレビューでは遺体へのお供え物を食べたことに対するちょっとした論争があったようですが、お供え物を食べることが供養になると考える地方があるのも確かですし、また、さっきまで腐敗寸前の遺体と一緒に置かれていたものを、しかも遺体安置所で食べることに抵抗がある方もいるしょう。これもそれも、今から震災に臨む我々はすべて知見として受け入れなければならない、そう感じました。

私が少し違和感を覚えたのは、「土葬」に対する認識でしょうか。もちろん個人の生死感、宗教観に大きく依存するので他人がとやかく言う話ではありませんが、本書では全編にわたって「土葬」は避けるべきこと、土葬は可哀想だ、という、遺体処理にあたった方の意見が貫かれています。仮の土葬をしたとしても一定時間経った後にまた掘り返して正式な埋葬をする手間を考えると土葬はあり得ないのは分かりますが、(震災とは関係ないですが)私の祖母が土葬だったこともあり、私個人としては土葬に対してさほど嫌悪感はないんですよね。むしろ祖母が生前に語っていた「火葬は…熱そうで…やだなぁ…」という思いも人によってはあるのではないでしょうか。


遺体―震災、津波の果てに―